モノをため込む老親の遺品整理『親の家を片づけながら』を読んで

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リディア・フレム著『親の家を片づけながら』を読みました。

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私は最初、よくある読んでスカッとする断捨離本と思っていました。
断捨離に目覚めた娘が、頑固な両親をなんとか説得して実家の断捨離を初めて、最終的に両親に感謝されて一件落着…と言ったような内容の。

しかし、予想に反して、両親の遺品整理の話でした。
しかも主人公は断捨離なんて実践したことはおろか、聞いたこともないであろう女性。

片付けは、主人公がまだ親の死を受け入れる心の準備ができる前にスタートすることとなりました。
あまり良好な仲とはいえなかった親の、広い屋敷やガレージにぎっちりと詰め込まれた膨大なモノたちを目の前にして、一人娘の主人公は、葛藤に苦しみながらたった一人で遺品の整理に立ち向かいます。

ご両親はナチスドイツのアウシュヴィッツ強制収容所で奇跡的に生き残られた方々で、なにもかも奪われた経験からありとあらゆるものをとっておき、家にしまい込んでいました。

主人公はモノの物量に苦しむだけでなく、日用品の中から唐突に現れる自分には秘密にされてきたご両親の想像を絶する過去の片鱗を見つけるたびに、死者の秘密を暴きたて、冒涜しているような罪悪感にさいなまれます。

――それと同時に、両親の過去や生き方に、魅了されてもいくのです。

で。感想ですが。
おもしろくて一気に読みました。

主人公(一人娘)にとっては、母親は自分を押さえつける絶対者であり、愛する対象であり、憎む対象でもありました。

その触れることさえ許されなかった母親の私物が、母の死によって簡単に自分のものとなった戸惑いに翻弄されながらも、
膨大なモノたちひとつひとつに対し敵意や悲しみ、懐かしさや愛しさを抱く主人公の姿に、敬服と、興味を抱きました。

子どもにとって母親は、どんな形であれ特別な存在ですもんね…。

私はちゃんと遺言書を書いとこうと思いました。
子どもが困らないように。

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